個性は必ずしも良いとは限らない
皆さんこんにちは(^^ゞ
今回はたまに出るダークなネタです💦
なので、得意ではない方はご注意ください✋
皆さんは近年の“多様性を受け入れる”“個性を認める”意識はどのように思われますか?
言葉として捉えるだけなら、やっと個人の尊重が表に立ってきたかと思うのですが、、、
最近はこの多様性や個性と言うことをやたらと主張しすぎる傾向にあるのかな?とも感じています💦
多様性で多いのは世代間の考え方や、性差の考え方等が多いですね
個性では、発達障害など障害児に用いられることが多い気がします
私は、思想など個人個人違って当然だと思うし、上記にあるような世代間の考え方や性差の考え方、障害の有無等で分けるようなこともあまりしません💦
なにかで書いた気もしますが
例えば私の知り合いには同性愛の方が多くいますが、異性愛の方がそのお話を聞くと驚いたり、珍しがったりするのですが、、、
私はそのことをカミングアウトされても特に何も感じません(^_^;)
「この人は好きな人が同性なんだな」と思うだけ💦
じゃあ発達障害はどうなのか?
これは世代的に環境の違いがあるのかなぁとも思うのですが、、、
私が小学校の頃は、凄く勉強ができない子、授業中でもうるさい子、人とコミュニケーションが難しい子などが普通にクラスにおりまして、、、
今で言ったら学習障害、ADHDとか言われるような子が普通にいました💦
この様な定義が生まれて、救われた方も多いと思います
で私が気になるのは、、、
・わざわざ言う必要は無いだろう
・なんでもかんでも個性だからと括るな
ということ(-_-;)
「なんでもかんでも障害と思うな」と思うのはこんなエピソードから↓↓
当工房にご相談が良くあるのですが
「学校からADHDを疑われ、病院で検査してこいと言われました」
で、ADHDということに不安があるお母様が、その子と一緒にいらっしゃいます
・ジッとしてられない
・注意を聞かない
・すぐ友達と喧嘩する
とのことだそうです
で、実際にその子と話しをして、施術します(お子さまは30分ほど)👐
・・・話しをして、施術できます(お子さまは30分ほど)
ちなみに、施術の気を紛らわすために動画を見せたり、もっと小さい子だとあやしながら施術したりするところもあるみたいですが、、、
当工房ではしません(^_^;)
乳児はお母さんに抱っこして貰いながら施術することはありますけど
つまりADHDを疑われる子が、30分、初めて会うおじさんの施術を、仰向けで、普通に会話しながら受けているのです👐
本当にADHDだったら話しも途中でとっちらかるし、30分も仰向けで寝ているのは難しいと思いますよ、、、
学校の先生は何を持って、そう判断したのでしょうか?
「多様性、個性の責任を続けろ」とういうのは、、、
「今は多様性の時代」「この子個性だから」というのは良いとして、、、
社会人になったら多様性が認められない壁にぶち当たる💦
世の中、大分多様性、個性が認められてきましたが、まだまだ協調性が強い時代
でも社会は協調性も大事なのです💦
この折り合いがつけられる世の中になると良いですね💦
で、「わざわざ言う必要は無いだろう」は、、、
SNS系に多いのですが、、、
「元男(女)の私が○○」
「ADHDの私が○○」
とか、わざわざ言う必要あります?
もちろん内容がそれに関することであれば良いと思いますが、、、
あまり関連しているとは思えないものも多い
少しズレますが
「○○歴□年の私が」
とかもよくわからない(^_^;)
だいたい誇れるほどの年数ではないことがほとんど
「他者の多様性、個性も受け入れろ」とは
例えば、、、
落ち着きがない子がいたとして
「これがこの子の個性だから理解して」
というのは良いのですが、それでも範囲はあると思うのです
例えばレストランで落ち着きがなく騒いでいる子がいるとしたらどうしますか?
歩き回ったり、声を出すのは良いかと思いますが、他のお客さんの食事を取ったり、店内を走り回ったりしたらどうでしょう?
その子の個性を認めるのであれば、他のお客さんは我慢ですが、、、
他のお客さんの個性はどうなりますか?
「うちの子はレストランで食事するなってこと?」
ということではなく
自分の子の個性を認めて欲しいなら、他者の個性も認めるべきだと考えています(^_^;)
「なんでもかんでも個性だからと括るな」と思うのは、、、
実は私もいわゆる発達障害を疑われたことがありまして、実際に病院で「自閉症傾向にある」と診断されたこともあります(^_^;)
で、私の時代は「できなければ」ただただ怒られる時代だったのですが、、、
今は「これが個性」と言われることを耳にします👂
で、私が思うのは「これが個性」というのは当事者発信であってほしいということ
例えば明日の学校の準備が前日にできない(結果、忘れ物が多くなる)とか、鞄の中が整理できないとか
「まぁ○○さんの個性だから大丈夫」
という大人達がいますが、、、
当事者はどう思っているのでしょうかね?
少なくとも私は「皆ができているのになぜ自分はできないのだろう」と、苛ついたり、悔しくなったり
大人になってもありましたよ、、、
“普通の人”が日常的に何も考えず行っている些細なことでも、我々にとっては、とても難しいのです。
その差を知る度にやはり悔しかったのを覚えています、、、
個性だからできなくても良いのでは?と考えるのは周りが主体になっていないですか?
ということ
本人がもし悔しい思いをしているのなら、やはりそこは「個性だから」で括るのではなく、何かしらのお手伝いが必要になるのではないかと思います👐
そんな私の工房のホームページ(*^_^*)
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